私が寝起きをしている部屋の今朝の室温は、15度ジャストでした。
底冷えのする日には何時も思ってしまいます。
こう云う時、太っている人が同じ部屋に居たら温かいだろうにと。
40年近く一緒に暮らしていた男(岡ちゃん)ですが、同棲し出して見る見るうちに太ってしまいました、100kg 近くに。
私の愛情のこもった食事のせいで。
岡ちゃんが太ったのは良いけれど、一緒の部屋に居たら・・・
夏場は、岡ちゃんだけの体温で部屋が蒸し暑かったです。
冬場は、岡ちゃんがそばにいるだけで、ストーブに当たっているかのように暖かでした。
皆さんは、「大げさな」と言うかもしれませんが、私が体験したので本当のことです。
太っていることの弊害は表面積が広い分、皮膚片などの塵(ちり)をいっぱいまき散らすことです。
良いことがあれば悪いこともある、今から思えば懐かしい思い出です。
今日の夕方、Aさん(72)から、何時もの「生存確認」の電話がありました。
Aさんとの会話の中で、「一日って『あっ』と言う間に終わっちゃうよね」と言う話に。
Aさんに、「もし時間が有り余るほどあったら何を一番先にする?」と聞いたら、「テレビで放映され録画した映画を再生して観たい」とのこと。
今は一生かかっても見切れないほど映画(録画)が溜まっているそうです。
でも尚且つ、前のを消すこともなく録画し続けているそうです。
私だったら時間を何を使いたいかな?
今の私は時間に追われていて何も思い付きません。
今、Aさんは11月15日の新聞に目を通しているそうです。
勿論、テレビでは当日のニュースを見ているそうですが、じっくり読む新聞は1ヶ月前の新聞だそうです。
何か、言っている真意が判りませんが、判らないからこそAさんと友達でいるのかもしれません。
h-i さんからの投稿で「年賀状終い、私はやりません。書ける間は書いて行きたいと思います。書けなくなったら、そこまでです」と、ありましたが・・・
毎年来ていた賀状が突然来なくなったら・・・
もし、先方に家族がいたら、「本人は死にました」とか、「入院をしています」とかの連絡が来るでしょう。
もし、先方が一人暮らしだったら、先方の消息が全く分からなくなります。
「病気で賀状が書けないのかな? もしかして亡くなったのかな?」なんて私は心配をしてしまいます。
独り暮らしの私の場合、まだ賀状が出せる間に賀状終いをし、それまでの厚情に感謝の意を表した方が良いのではないでしょうか?
私の場合、宛名も賀状自体も筆ペンで手書きしているのでちょっと重荷になって来たと云うの一つの要因でもあるのですが。
話は少し違いますが・・・
「スナックかけふ」時代、いつも決まった曜日に来店されていた人が突然、全く来られなくなったことが何度もありました。
何でだろう? 血圧が高かったから・・とか、色々心配をしていました。
いつも、あの席で飲んでいた彼は、どうしたのだろう? と、なかなか心の踏ん切りがつかなかったものです。
そう云う時は何時も、連絡がつかないもどかしさを感じていました。
今日も一日、何事もなく終わりそうです。
明日も、心がワクワクするような出来事がある楽しい一日が訪れますように。